
写真私情主義
荒木経惟
平凡社 2000年5月25日発行
プラウベルマキナという荒木さんにとっての”日常カメラ”をご存知だろうか。日常カメラというにはかなり大きく重い、クラシックな形をした蛇腹式レンジファインダーカメラなのだが、ブローニーフィルムを使用するため、出来上がったプリントにはある種の風格が備わる。しかし、フィルム1本で10カットしか撮影できないために連写はきかず、巻き上げも親指操作であり、撮影には何らかの工夫が必要となる。つまり、一発必中という気合が要求されるのである。その”一発必中”が5000本あまりのネガを作り、50000カット貯まったというのだから、荒木さんの集中力の度合いは一般人の到底及ぶところではない。
荒木さんがマキナを購入したのは82年。狛江から豪徳寺へ引っ越したのも82年である。この写真集最初のカットが、ウィンザースラム豪徳寺へ越してすぐに撮影された可能性は高い。がらんとしたバルコニーに物干し台と床には物干し竿。バルコニーを塗りに来たペンキ屋がかぶっていた帽子と雑然と置かれたペンキ缶。豪徳寺の生活の始まりと、マキナ生活の始まりはほぼ同時だった。
一見してすぐにわかるのは、写真の隅を全く処理していないということ。プリントにネガの隅がそのまま写っている。トリミングを前提にしていない撮影というのはいろいろな意味で潔い。ノートリミングで提示される写真。まして35mmフィルムよりも数段大きいネガサイズはプリントの解像度を難なくアップさせる。撮影されたその場での雰囲気が直接見る者に届いてくるようだ。
赤塚不二夫、高見恭子、森山大道、阿佐田哲也、吉行淳之介、吉行和子、中上健次ら著名人に混じって、ブラックデビルに扮した明石家さんまとタケチャンマンことビートたけしが出演する”ひょうきん族”の収録場面がある。丸いベットの上でライトを浴びながらジャンプするブラックデビル姿を下から撮影する荒木さんと、呆れ顔でさんまさんを見詰めるたけしさんが写っている。次の頁には収録の合間の荒木さんとたけしさんのツーショット写真がある。禿げた頭にハの字髭、黒い丸眼鏡がトレードマークの荒木さんは当時40代。現在では世界の北野武氏になったビートたけしも”お笑いのためなら何でもやってやる”といった雰囲気をぷんぷんふりまいている。世界レベルになった二人の天才の若き日の肖像写真であった。
荒木さんの日常写真ですぐに思い出すのは陽子さんである。小田急線の車内で座席に脚を組んで座っている姿、自宅でゆであがったパスタを食卓に盛る姿、バルコニーにパラソルとテーブルを並べて椅子に座っている姿、そのテーブルに食事を盛る姿。すべて荒木さんに目線をくれ、そして穏やかに笑っている。プラウベルマキナは確実にこの夫婦の間に入り、その様子を記録してきた。青空にぽっかり浮かんだ白い雲の下、洗濯物を干す陽子さん。陽子さんのいるバルコニーに筆者は本当の楽園を見た。そしてノスタルジアの夜。時間は無情にも瞬く間に過ぎ去っていく。荒れたバルコニーにチロが現れた。ダイニングテーブルの端にぴたりと座り、荒木さんをジッと見詰めるチロ。その後ろには”写真の人”になってしまった陽子さんが写っている。ペンキの禿げたテーブルに百合の花と陽子さんの写真、その様子をチロが傍らから見詰めている。バルコニーは次第に廃墟となっていった。
陽子さんが写真になってしまってから、マキナに写される写真は変化してゆく。荒木さんの日常が仕事へと傾いていく様子が伝わってくる。ホリゾントを使用するようなファッション系写真、S&Mスナイパー連載の緊縛シリーズなどのカットが多くなる。バルコニーにはワニーン、ハエ皿をはじめとする小動物がチロとともに写され、次第にその数は増えていく。正直言って陽子さんのいないバルコニー写真を見るのはつらい。見ていて少し気持ちが沈みかけていた時、ハッとさせられる写真にぶつかった。秋桜子さんの写真である。床の間の前で和服を着た彼女の、まるで事後のような少し汗ばんた表情は物憂げで帯から下は襦袢まではだけて脚を崩しており、手には男性の象徴としての”ねじりン棒”が握られている。荒木さんの”私情”はそれまで陽子さんに注がれていて、それがはっきり写真に現れていた。その一方で、ここに写っている秋桜子さんの写真にはそれとは違う私情を色濃く感じた。端的に言って凄くいい女に写っているのだ。私情が絡まなければ、こうまで魅力的には写るまい、と思う。事後の女に魅力を感じないとしたらその愛は偽りと言わねばならない。
「写真の行為をすべてやると、あまりにもセンチメンタルになりすぎちゃうからだったか、プリントするのがめんどくさかったからか、ともかくプリントは他者にまかした。これ以降プリントは自分でしたことはないのだが、この<写真私情主義>を写真集にするのにどうしても自分でプリントしたくなった、プリントに私情をソーニューしたかったのだ」とあとがきで語る荒木さん。もともと私情(詩情?)たっぷりの写真を撮る荒木さんがご自分でプリントした写真集なんて、確かに至上の私情と思う。
50000カットからてきとーに厳選された(荒木さん談)センチメンタルな201点をじっくりと味わうことのできる一冊である。
2000年7月11日記
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