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センチメンタルな写真、人生。

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センチメンタルな写真、人生。
荒木経惟写真展カタログ
東京都現代美術館 1999年4月17日〜7月4日

  荒木さんの個展が日本の公的美術館で開催されるのは本展が最初であるらしい。実に意外であるが、海外で先に高い評価を得ている以上、こうして開催される事は時間の問題だったといえるだろう。

 表紙は、おそらく上海で行われた写真展示の様子。洗濯物が路地を跨いでぶら下がっているダウンタウンに、荒木さんが撮影した花が咲き誇っている。手にはミノルタのTC−1。道行く子供たちは楽しそうである。

 筆者はこの展覧会の初日、一般人としては最初に会場へ足を踏み入れた。実際の展示と同じ<空花>から始まるページを開いていくと、ごあいさつの文章がある。「(前略)本展は、写真家の回顧展ではなく、過去の発表作、数多くの最近作、新作を含めた22の写真シリーズから千点以上の作品をインスタレーションとして再構成し、既存の写真集とは異なる1999年版アラーキーの現在形を提示しようとするものです。(後略)」 モノクロの空と鮮やかなカラーの花。その組み合わせには目を奪われる。オブジェ「妻が逝って首吊り自殺したA」のオリジナルが傍らにぶら下がっていた。

 <センチメンタルな旅>は一頁ずつアクリルボックスに額装され、全点展示されていた。<東京は秋><TOKYO NUDE><東京ノスタルジー><終戦後>とモノクロによる東京写真が続き、<Aノ楽園>の部屋へ続く。ここでは<男の顔面><人妻エロス>が大きく伸ばされ壁一面に入り乱れて貼り出されている。フロアにはワニーンのオリジナルが置かれていて、楽園気分を盛り上げる。この部屋が今回の展示のメインであることは疑いない。
 <LIFE BY LEICA>まで見ると会場を一回りした事となる。何度もぐるぐる回って見直したことは言うまでもないだろう。

 「写真は人を幸福にできるか?」がこの写真展のテーマだという。<LIFE BY LEICA>のページにこの写真展について荒木さんが語っている。
 「アタシの場合、最初っから写真やることはセンチメンタルっていう感じがしてたね。陽子との新婚旅行の写真集『センチメンタルな旅』もそう。結婚とか他人と二人で生きていく、生活していくことだけじゃない、写真という行為自体が非常にセンチメンタルなことじゃないかって予感してた。写真への旅だね。で、30年近くずーっと変わらないできて、この1999年にここいちばん大きくドーンとやるとなったら、どうしても「センチメンタル」っていう言葉を入れないとだめ。それはもしかしたら、「もうセンチメンタルな旅は終わりにしたい」っていうか、そう思いたいっていう気持ちと、「これからもずーっとセンチメンタルな旅を続けなくちゃいけない」っている二通りあるのかもしんないね。手を切りたい、トドメを刺して別れたいんだけど、どうしても別れられないっていうような気分。写真イコール人生ってことを、しっかりとさ、ここでバッと並べて確認する。決着だね。句点が大事なんだよ、「写真人生」って単純には言いたくない。アタシ、文学者だから。」 ライカで撮影した笠智衆氏、杉浦茂氏、都はるみさんの写真のそばで荒木さんはセンチメンタルと写真についてこう語る。この写真展のタイトルは「センチメンタルな写真、人生。」であり、「写真人生」ではない。どこかで写真と人生はイコールになっている自分を発見するのだが、その境地までまだ行きたくないともがく荒木さんが居る。「写真は現在進行形」という荒木さんが出したひとつの答えが、このライカによる人生ということになろうか。「ちょっと「老けたふり」をしてみたい、「そろそろ武者小路にならないとイケナイ」ってガンバってる」荒木さんの前で、谷根千(谷中、根津、千駄木)の人たちは幸福の現在進行形を示してくれた。

 「なんで下町かっていうと、やっぱりなにかあるんだよね。人生って湿り気っつーか体温が必要でしょ。ほどほどに汚れてる。整理されてない空間とか、時間のでたらめとか、そういういい加減な感じじゃなくちゃ、幸せはちらばってない!」 こういう感覚を持つに至った原因を、荒木さんは自分が下町生まれだから、と少しぼやかしてしまうが、日本人なら誰しも下町にある独特の懐かしい感覚に心惹かれる経験があるはずだ。そういう普遍性が荒木さんの写真になければこれだけ大きい会場で写真展が開ける作家にはなっていない、きっと。
 「郊外に行くとさ「ベランダに高い物置いちゃいけない」とか「マンションで猫飼うな」とか寄ってたかってさ。やっぱり、郊外に幸せはない。乾いたっつーか、距離ができちゃう。」 これはきっとマンションでの生活を言っているのだと思う。同じ屋根の下に暮らしながらお隣の名前すら知らない。乾ききった人間関係から生まれるのは権利を声高に主張する殺伐とした光景だけだ。

 ノスタルジーやセンチメンタルという自分の弱い部分を見詰めることで、荒木さんの写真からは”人間”が立ち上がってくる。それはもちろん、荒木さんのカメラの前に立つ人たちの笑顔からも伝わってくる。この笑顔こそ「写真は人を幸福にできるか?」の答えなのではないだろうか。写真は人を幸福にできるのである。

2001年3月13日記


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