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■夏小説

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夏小説
荒木経惟
平凡社 1998年2月1日発行

 「アラーキー レトログラフス」展が品川の原美術館で開催されたのは、荒木経惟写真全集が20冊で完結した直後の1997年8月2日から10月12日までであった。この写真集は同展のカタログではないが、巻末にそのときの様子が収録されている。ちょうどこの展覧会が開催されていた”夏”を意識した写真群である。

 表紙の写真は会場の原美術館中庭の「楽園」から夏空を見上げた風景である。大きく張られた「空景」と実際の夏空のコントラストが眼にしみる。巻末には同館学芸員の内田氏によるレトログラフス展の解説がある。「ゼロックス写真帖」「恋人」「冬へ」「レトエロ」「ポラエロ」「センチメンタルな旅・冬の旅」「花淫とエロトス」「夏小説」「色情」「楽園」という展示内容からもわかるように、これは”回顧展(レトロスペクティブ)”の範囲に留まらず、新作も入れた”現在進行形”の荒木さんを描いていこうという企画であったことがわかる。このとき展示された作品のほとんどは同館に収蔵されたという。

 ローカル線の車内。「裸小説」というAV女優を撮る仕事写真のため、茨城県袋田へ向かう荒木さん。道中ずっと運転席横の窓から見える単線をフレーミングしていた。車外にあふれる夏の日差し。映える緑。見事な袋田の滝とAV嬢のヌード。和風旅館の座敷に横たわった裸体のそばに置かれた飲みかけのサッポロビールとグラス、そして脱ぎ捨てられた下着。荒木さんの”夏小説”はここから始まる。

 日記写真風に荒木さんの”夏”が描かれていく。仕事から帰れば夏空とバルコニーとチロ。このパターンは何度となく繰り返される。西麻布のハウススタジオでS&Mスナイパーの妊婦緊縛写真の撮影。原美術館の下見。タイサンボクの花。バルコニーのワニーンやコモドンたち。夏空に照らされる豪徳寺のご近所。クルマがぶつかったか、で塀に寄りかかったままの「止まれ」標識。曲がったほうをまっすぐに撮る。7月の高い日差しに照らされている豪徳寺駅前は人影もまばらだ。
 再び「裸小説」の撮影だが、今度は小説仕立て。「電車の中で出会った女とうまくいってって、ストーリーできてんだよ。一緒に旅館に行って、頁めくるとヌードっていう。で、外の庭で、ちょっと縛ってみようとかさあ。」と、あとがきで荒木さん。全裸で障子に少し寄りかかった彼女の傍らには飲みかけの一番絞りがある。また、柱に縛り付けられた彼女の後には寝乱れたふとんとシーツ、そして枕元にはお銚子が置いてあった。

 雨のバルコニー。荒木さんの写すバルコニー写真では、スコーンと晴れた日の写真も無常感があって好きだが、実は雨の写真が一番好きだ。水がたまって鏡のようになった床と、フラットな光は透き通るような透明感を風景に与える。雨に濡れる錆びたテーブルとイス。テレビにのしかかるように勢いを増す蔦と、傍らの首なし小便小僧。

 どこか淡々と続いていく荒木さんの夏小説に、レトログラフが挿入されている。「カラーはね、原美術館の展覧会が「レトログラフス」ってタイトルだったから、そのころ「ポラエロ」とかやってたから「レトエロ」ってタイトルでアラキネマやったんですよ。むかしのね、パラパラ見たらいくらでも出てくるんだよ。そしたらおもしろいから。元気だったね。ちょうど『写真時代』で文学やってたころですよ。文字もいっぱい書いてね。」と、あとがきにもあるように、アラキネマで上映された写真がカラーで何ヶ所か挿入されている。芦ノ湖の水上スキーをヌードでさせたり、夏の京都東山を歩いたり、末井さんとモデルと一緒に温泉に入ったり、ライトをぶつけて小股開き写真を撮ったり・・・。また、陽子さんとの”愛情旅行”の写真があったり、回想的「レトエロ」には”夏”写真があふれている。筆者は一度もアラキネマを見たことがない。これだけ沢山の写真が一挙上映されたとしたらすごい迫力だっただろう。

 過去を「夏」と決めてしまうと現在は秋か冬ということになる。もちろん、季節は巡るから冬のあとに春がくるかもしれない。しかし、写真時代の写真の楽しそうな現場写真はまたいつか巡ってくる夏写真としても、陽子さんと過ごした「愛情旅行」は再び戻ることのない「夏」写真である。荒木さんの季節もまた、陽子さんがそうであったように「冬」へと日々向かっていることだけは間違いない。アマンドピンクのコート姿をした陽子さん。もう戻らない夏の日。

 原美術館の”プール”ではしゃぐMASHさん。沖縄から来たノエさん。陽子さんに捧げられた「花曲」。三ノ輪のイエモン。門に張られた妊婦緊縛写真。この写真について、キュレーター内田氏の解説がある。
 「裏庭奥の木立のなかに建つ山門に妊婦の緊縛写真を吊し話題を呼んだが、このモデルはお腹の子を無事出産し、会期中、生まれたばかりの乳児を伴い夫婦で来館してくれた。「失楽園ブーム、だから楽園をつくる」とはいかにも荒木らしい駄洒落である。ともあれ楽園は、おとなの殻をむいて裸の自分に戻してくれる幸せな空間であった。アラーキーの「レトログラフス」とは失ってはいけない大切な場所に我々を誘う写真なのである。」
 荒木さんの写真のキーワードに”コトを写す”、というものがある。コトは動き、一ヶ所に留まることはない。妊婦を写せばその後母親と子供になるのである。一瞬のうちに通り過ぎる刹那。時間はその連続であり、写真を撮ることは時間を生け捕るということになる。何に対してカメラを向けるか、何を撮影し、発表するか。写真行為にはその人の生きた時間が写りこんでいる。

 青い空と白い雲。荒木さんの思い出としての夏小説。

2000年12月19日記


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