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■秋桜子

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秋桜子
荒木経惟
小学館 1998年10月20日発行

  秋桜子と書いて「コスモスコ」と読む。1991年の6月に開かれた札幌でのトークショウ。その観客の中に彼女はいた。「最前列に「センチメンタルな旅、冬の旅」をもった少女がいた。その少女に一目惚れしてしまった。」と荒木さんは書く。タイトルページには最前列の席に座った彼女の写真。話の流れに乗って壇上から降りた荒木さんが急に写真行動をしてきたからか、びっくりした表情で口を手で押さえた少女が写っている。これが彼女を撮った最初の写真となった。
 似たシチュエーションの写真を見た覚えがある。「わが愛、陽子」の最初の写真、社内報のため和文タイピスト室を撮影した陽子さんとの出会いの場面である。荒木さん独特の女の子へのアプローチの仕方は、やはり相手にカメラを向けることなのだろう。この少女との出会いの場面が陽子さんとの出会いと印象がだぶるのは、荒木さんのこの少女に対する想いの表れ以外の何ものでもない。翌朝、二人は荒木さんの宿泊するホテルのコーヒールームで会った。そんなときもカメラは欠かせない。少しはにかんだ少女の表情が初々しい。

 その年の九月。荒木さんは再び札幌の彼女のもとに訪れる。雑誌特集の撮影で彼女を撮ることにしたのである。小樽から美瑛への撮影行。出会ったときにはカールのかかっていた髪はストレートになり、表情も少しだけ大人っぽくなったような気がする。

 「恋の旅、第一夜」 この日の夜、宿泊したホテルで少女の撮影がなされる。ベットの上ではしゃぐ姿。下着だけになった姿。そして、シャワー後のバスタオル一枚だけの姿もある。ベットの上の真っ白なシーツに座って、真っ白なバスタオルを身にまとっただけの彼女の表情は凛として、荒木さんを見つめている。少しだけ濡れた髪が印象的だ。こんな写真を撮るとき、撮る方も撮られる方もどういう気持ちでいるのだろうか。まだ出会って間がない二人である。もちろん、荒木さんの方からこういう写真を撮りたいがどうだろうか、というオファーが先にあったとは思うのだが。撮影が始まってから終わるまでの間の彼女の微妙な表情の変化が興味深い。
 そして表紙にもなったカットがくる。「シャネルの真紅の口紅をプレゼントした。」と荒木さんがキャプションを添えている。男は好きな女の子にプレゼントを贈ったとき、それを使ってくれるのが一番うれしいものだ。写真に撮るから、と言ってすぐに口紅を使わせる荒木さん。写真家としての作画意図とは別の感情がそうさせたのではないだろうか。好きだ、と想う気持ちの前では写真家もなにもない。その気持ちに逆らうことなくシャッターを切ることで、”私情”にあふれた写真が出来上がるのだ。
 「小樽運河、秋桜をもった少女。この時から、少女を秋桜子(コスモスコ)と呼ぶことにした。」 運河を背にして佇む少女は一輪の秋桜を手にしていた。この写真が彼女を「秋桜子」とするきっかけとなった。濡れた石畳にグレートーンの運河。そんな背景にピンクの秋桜が映えている。「目の前に、一輪の明るい花がひらいた。 少女は「秋桜子」と名づけられ、かすかにはにかんだ。」帯書きにあるこのフレーズは、この写真の印象にピタリとはまる。いい写真である。

 美瑛の撮影で、彼女は紫のタートルネックのセーターを着て、また印象ががらッと変わっている。広大な景色にパープルが映える。まっすぐに伸びた道を歩く秋桜子さん。そして、何処までも続いているようなまっすぐな線路を楽しげに歩く荒木さんと秋桜子さん。写真からは現場のリラックスした雰囲気が伝わってくる。この本のカバーを取ってみるとここでの撮影風景が写っているので参照されたい。秋桜子さんに腕を組まれてご機嫌な荒木さんが見られるはずだ。
 そして「恋の旅、2日目の夜。」 シャワーを浴びる秋桜子さんの様子を写真にする荒木さん。シャワーから上がり、バスタオル一枚で撮影される秋桜子さん。前の日よりもなじんだのか、穏やかな表情の彼女である。そばで荒木ゾウ”デロンくん”が鼻を一本立てている。撮影の旅が終わっての別れの夜、荒木さんににぎってごらん、といわれて恐る恐るズボンのジッパーの中に手を入れる秋桜子さん。このカットで小樽美瑛旅行で撮影された写真は終わり、あとは彼女が東京へ出てきてからの写真となる。

 この写真集の最後、「ボーイフレンドとロンドンに、英会話の勉強にゆく」ので一年間留守をした秋桜子さんが日本に帰ってきたから、と新宿のパークタワーホテルで撮影が行われた。日付は1998年6月。最初の出会いから7年が経過していた。
 ホテルの一室で一枚一枚服を脱ぎ捨てていく秋桜子さん。そして、その表情を追う荒木さん。17歳の時よりもむしろ華奢になったような彼女だが、少女から女への変化を確実に遂げていた。はだかでベットに横たわりながら荒木さんを見つめる目の放つその光には、この7年という時間の重さを感じることができる。顔は変わらなくても表情が変わる。気持ちが変わらなくても想いは変わっていくのだ。
 「ロンドンから帰ってきたコスモスコを1年ぶりに写した。 いつものようにラストショットは顔の表情。 このコスモスコの表情には、Aへの恋情などない。」 ヌードのまま彼女の表情がページいっぱいにとらえられている。写真家であり男である荒木さんは、秋桜子さんの瞳の奥にある”想い”までも写し撮ろうとする。からだを写したヌードよりももっとヌードになった彼女の写真といえるだろう。バーで飲んだあと街へとまぎれていく彼女の姿が見返しにあり、フェードアウトするようにこの写真集は終わっている。これだけ彼女の事を想っている荒木さんである。このあとの2人の物語の行方が読者としては気になるところだ

 荒木さんがひとりの女性の名前を冠した写真集にするのは異例のことだ。「美登利」という作品を除いてみれば後に残るのは「わが愛、陽子」とこの写真集だけ。荒木さんの中でもこの写真集は大きな位置を占めているに違いない。

 かく言う筆者もまた、秋桜子さんの写真に対してはひとつ思い入れがある。数年前のある金曜日、明治古典会に荒木さんのオリジナルプリントが5枚一度に出品された事があった。写真の相場など全くわからなかった当時の筆者が、荒木さんの写真を好きだ、というお客になった気持ちで入札して、やっと落札できたのが、秋桜子さんの「恋の旅、第一夜」のときに撮影された写真だったのだ。バスタオル一枚の姿をした秋桜子さんがベットに座っている半切判で、裏面には荒木さんの署名が入っていた。写真を売るノウハウなど全くなかったためなかなか売れなかったが、目録にとって出したら売れてしまった。聞けばAat Roomに長いことかけられていた写真だったという。うれしいようなさびしいような気持ちで発送したことを覚えている。その後、「愛情旅行」にも収録されている陽子さんの写ったオリジナルプリントも扱ったが、最初の秋桜子さんが写ったプリントの印象が消えることはなかった。

 17歳だったあの日、荒木さんと出会ったひとりの少女の肖像は、こうして筆者の心の中にずっと残っていくことになった。

2000年11月28日記


 

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